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会長のつぶやき

第十五回

2018-02-09
最近、他人と上手にコミュニケーションがとれない人が増えているといわれています。「対人恐怖症」は近代日本人の特徴的な心の病で、明治時代以前にはほとんどなかったそうです。
 
ところが、近年この病も少なくなり、「醜形しゅうけい恐怖」(自分の顔や身体が醜いと思い込む)、「自己臭しゅう恐怖」(自分は臭い、だから人に嫌われている)、「食行動異常」(自分の体型がスリムになりたい)といった外見的な姿かたちの悩みへとすり替わっているのだそうです。
 
他人に愛されたい、受け容れられたいという幼稚で強迫的な願望と、現実に自分を抑制し、あるいは他人に合わせたり、仲良くできない自信のなさから、うまく対人関係がもてないのは、自分の人間性や性格の問題ではなく、外形的欠点(実際は欠点ではないのだが)のせいにしてしまう。だから、顔や身体の美醜びしゅうを強調する情報がメディアに氾濫するのです。ともすれば現代人は、テレビや雑誌など視覚中心の外見の情報にとらわれ、自分自身の内面を見る能力を奪われ、見る努力を失い、内面への関心は急速に薄らいでいます。
 
ある青少年に関する調査によると、今一番欲しいものを問われ、性格や能力よりも「美しい顔と身体」と答える子供が多いそうです。見る、見られることばかり気にしているのです。人生は”他人の眼”のためにあるのです。では本当の私はどこにいるのでしょう。私は私自身をどう見ているのでしょうか。
 
『身、自みずからこれを当うくるに、有たれも代わる者なし』
この私以外に私はいないし、この私の人生以外の人生を送ることもできません。良いも悪いもこれしかないのですから、これで生きていくしかありません。
 
では、この私に安心して、他人と共に生きる方法はないのでしょうか。長所もあるし欠点もある私です。とても完璧などではありません。しかしそれはそのまま隣人もそうなのです。それぞれ足りないところを持つ者同士なのです。それを認め合って、できることを惜しまずやり、できないことは安心して頼る。そうやって私たちは人間の社会にしているのです。私に安心できると、他人とも安心して付き合えます。自分が自分に成れば、共に生きる世界が開かれてきます。
 
顔も手も足も身体も、みんな仏さまからの大切な預かりものです。
 
そのまま、ありのまま。それでいい。失敗もする。失敗したらこの次はちやんとやろうと思うことが大事。無駄な人生はありません。無駄な時間もありません。
 
丁寧に生きよう。リラックスして、笑顔で声をかけてみよう。
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