会長のつぶやき
第五十回
2022-07-29
ある高等学校の校長先生が書かれた本を読み、考えさせられたことがありました。この学校では、イギリスのケンブリッジでのホームステイ、英語学校での学び、校外研修という内容で、三週間の夏の海外研修を実施しています。校長先生も、ホストファミリーを労(ねぎら)うお別れパーティーのため、初めてイギリスを訪ねられた時の体験談を綴(つづ)っておられました。
ある時バスの中で、スキンヘッド、ピアス、刺青(いれずみ)、黒革ズボン、黒ランニングシャツの若い男性と派手な格好の女性が、二人だけの世界に没入(ぼつにゅう)しているように見えました。ところが、その二人のそばを他人が通り、少し接触した時、彼らはさりげなく「Sorry」と言うのです。そして、降車の際は運転手に微笑(ほほえ)み「Thank you,good-bye」と言ってバスを降りていきました。外面から偏見(へんけん)や先入観(せんにゅうかん)を持っていた私自身を知らされました。二人だけで居たくても、そこに他人や社会が関わると、さっとマナーや必要な言葉・コミュニケーションが表に出てくる。プライベートとパブリックが明確なのだという印象を受けました。他でも様々な場所で「Sorry」に出会いました。まるで呼吸の一部のように、自然に「Sorry」なのです。老齢の紳士も若者も、男性も女性もです。大人の社会を感じました。同時に、観光地や空港の床に座り込んで、通行する人に叱(しか)られ憔然(ぶぜん)とする日本の学生の未成熟が見えてきます。
周りを気にせず自分だけの世界に入り込んでしまい、携帯電話をかけたり化粧をしたりするのは、周りを気にしないのではなく、周りを気にする脳のはたらきが機能していない、つまり一種の脳機能障害の可能性が高いそうです。具体的には、前頭連合野(ぜんとうれんごうや)という自我や社会的知性などを司(つかさど)る、脳部位の発達障害ということになるようです。
どういうことでそうなるかと言えば、成長途中に相応(そうおう)の教育やしつけがないと脳は十分に発達せず、ダメージを受けたのと同じ状態になってしまうのだそうです。現代の西欧化した食生活や住環境(思春期以前に与えられる個室が最悪)も脳にダメージを与えているようです。
ワガママな自分の都合(つごう)が通ることで一見幸せになったような気がするかもしれませんが、私の願いが叶(かな)えば叶うほど、私を含んだ全体が崩壊(ほうかい)していくということを知らなければなりません。それは「共に生きたい」と言ういのちの根源的な願いに背(そむ)くことですから、結果、常に不満不安で暗く落ち着かない自己に苦しむことになります。
先程の学校での取り組みは、生徒にとってイギリスの家庭でワガママも通じない、ことばも不自由な中での苦労と我慢が、自身の成長にとってどれだけ得難(えがた)い貴重な体験であったかということに気づく日が必ず来ると思います。